平成三十一年春彼岸法要会、永代経法要を終えて(一)

 

御導師とご法話を頂く予定の浄光寺様は、ご都合によりおいでになれなくなりました。
ご住職のお勤めとご法話を楽しみにしておられたご門徒様もおられました。
わたくしも楽しみに拝聴させていただこうと思っておりましたので
残念でした。ご住職様には、今後もよろしくお願い申し上げます。
急きょ、わたくしが感話をさせていただきました。
三十分はかかったかと思いましたが、後に、十分くらいということでした。
人の意識は、心理状態によって時間は短くもなり、長くもなるということですね。
白骨の御文についてのお話でしたが、「白骨」という言葉をしらない子供さんには、
どのように受け止められたか、後に振り返りました。
誠に、「死」という概念は、いつ養われるのでしょうか。

「白骨」「火葬」「御弔い」「ご遺体」・・・普段わたくしが、何も考えずに使う言葉は、
子供さんには、難しい。分からないのはあたりまえですね。
改めて、これらの言葉を口に出してゆっくり発音したら、
音の響きだけが頭に残り、なんのことかわからなくなりました。
自分では、わかったつもりが、本当は何一つわかっていなかった、ということでした。

そうか、そうなのか。
「死」にとらわれていたのはわたくし自身でした。
「死」も「生」も「病」も「老」も、今「浄土」に生きる軸が定まっていなければ
単なる言葉に酔うてしまうか、のみこまれるのだと、わかった気がします。

それにしても、やはり、むつかしい。。。今後も悩み続けるのでしょう。
しかし、それ以上に、嬉しいご縁をいただきました。
お参りに来てくれたお孫様達、ご門徒様方、本当にありがとうございました。

今回、間に合わなかったことは沢山ありましたが、
出来たことを拾い集めたら、以前よりかなりできておりました。

体力と自信の回復ができてきたのでしょうか。

みな様にお支えいただいて、春彼岸法要会、永代経法要を終えました。
誠に、ありがとうございました。
感謝を申し上げます。

合掌