わすれなの鐘を撞いて

平成31年3月11日の一日もそろそろ終える
当時のことが思い出された。

数年前から体調を崩し一向に回復しない状況に
どう対応していいのかわからず、一日の大半を布団で過ごす日々。
突然、それは、起きた。
「境内、境内に出て!」と、家人のひどく慌てた声が響いた。
身体も頭も重いまま、ともかく境内へと向かった。
本堂前の燈篭は崩れていた。
二三言家人と、言葉を交わしたとき、第二震が起きた。

目の前の鐘楼堂の四方の柱が
車のワイパーの様に左右に激しく揺れた。
ああ、鐘つき堂が、壊れる!
瓦をのせた屋根が、四方の柱に支えられて同じように左右に揺れている。
息をのみ見つめていた。

静けさが戻った。
鐘楼堂はいつもと変わらぬ姿に戻っていた。
数枚の瓦は落ちたが、瓦全体がずれただけで収まった。
本堂、庫裏、事務所など、仏像や、仏具は畳へ放り出され、壁が剥がれ落ち
それでも、それですんだのだと、後に映像で被災地の大惨事を知った。
電気も水道も止まった中、お寺の客殿に家族全員で身を寄せて過ごした。

あれから、八年の月日が流れた。
三人の家族は、もういない。浄土の人となった。

鐘を撞くときが来た。
境内が急に明るくなった。太陽の光が雲間から差しこんできたのだ。

(2019/3/11)

梵鐘に、手を合わせる天女の姿があった。

「わすれなの鐘」の音が響いた。
とても静かに響いた。

南無阿弥陀仏

 

 

 

わすれなの鐘を撞きます

 

3月11日 月曜日 午後2時46分
「勿忘の鐘(わすれなのかね)」を撞きます

2011年(平成23年)3月11日(金曜日)14時46分18秒(日本時間)

東北地方太平洋沖地震が発生しました。
この地震による津波、福島原子力発電所事故によりたくさんの人々が亡くなられました。
忘れることの出来ない大惨事でした。

大津波によって全壊となった岩手県陸前高田市・本稱寺の佐々木隆道さんは、「忘れないでほしい」との願いを込めて、
2012年3月11日午後2時46分、土中から発見された梵鐘を撞き、法要を勤められました。
この思いを受けて、真宗大谷派仙台教区では、「この震災を心に刻み、犠牲者に思いを馳せ、今後も復興と支援の思いをつないでいきたい」という願いのもと、
全国各地それぞれの場所で地震発生と同じ時刻に「勿忘の鐘」を撞き、法要を勤める呼びかけを続けております。

富田無量無量壽寺でも、同時刻に鐘をつき、法要をいたします

※どなたでもお参りいただけます。連絡はご無用です。お気をつけておいでください